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救急車入院その2 「サルモネラ菌にあたる」
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20年前に死の淵から生還

私は死の淵から救われた。ロシア駐在していた2001年は体がガタガタになったらしい。全部で3つあるが、一番目。

の1  胆石がどういうわけか膵臓にはいり込む。モスクワで緊急手術決行

この日はサンクトペテルブルクで仕事があり仲間で訪問した。空港に向かう途中「ママローマ」で油っこいスパゲッティを食べた、国内線でモスクワのホテルに移動する。事件はその深夜におきた。腹部に鈍痛を覚えて仲間に連絡。モスクワ事務所所長も呼び、救急車を呼んでもらう。転げ回る痛さだ。七転八倒とはこのことだ。

  • 一つ目の病院

まず尿検査をするからと渡された古いヨーグルトの汚い瓶(これはひどい)、ベッドはタイル製(理由は交通事故などで血を水で流すためだと容易に想像がつく。恐ろしい交通事故専門病院だ。薄暗く寒い緊急病院だ。所長はすぐに転院を決意。

  • 2つ目の病院 

腹の検査が必要と言われて、へそから麻酔もなしで直径15mmほどのファイバーを無理矢理いれられる。頭上にはモニター画面で自分の内臓が見える。両手両足を10人くらいの見習いとおぼしき若い人におさえつけられる。「特に異常はないな」というロシア語が聞き取れた。ファイバーを引き抜くときは、内臓は飛び出すかと思われた。結論は「異常なし」この研修目的め!

  • 3つ目の病院

気が付くと廊下に置かれたベッで震えにていた。痛みは消えていた。モルヒネを打たれたらしい。ここまままでは死んでしまうと現地の所長は判断した。最後にはロシア最高の病院に連れて行こう。

  • 急車で郊外を走る救急車で目が覚めた。枯れ木の街路樹とレンガ作りの建物が走り去った。病院につくとサンドラブロックみたいな看護師は、無言で熱い皮の上着を乱暴にはぎ取った。

病院に下着のまま放り出された人間はすぐに乞食にもなれるものだ。寒いのでベッドの下に潜り、安物のスリッパとおばあさんが着るような上着を見つけて震えながら はおった。

ほどなく「この病院に泥棒が入った」と廊下にひびく老婆の叫び。泥棒はどこだ!

看護師は自分を見つけて無座にも はぎ取った。

若い医師は「手術をしないとあなたは5時間で死ぬ」と宣言されて、急ぎサインをした。このままではすい臓が溶けて死んでしまう。すい臓がやられると人は死ぬ。

全身麻酔から目が覚めると深夜のベッドで管が繋がれていた。そばには看護師が見張る。

「おしっこがしたい」と言えば まずは「尿瓶」を用意、しかしこれが意外に出ないものだ。次はゴム管を持ってきて、無理矢理突っ込む。柔らかしものに硬くて細いものは入るが、柔らかいものに柔らかいものは入らないのだ。完全に頭にきた自分は、全ての管をはがして捨てた…あわてた看護師は「ドクターを呼びますよ」と騒ぐ。「勝手にしやがれ!トイレに行った自分は血尿が出て、無性に悲しくなった。日本の妻に電話した。しかし娘に変わったとたんオイオイとしゃくりにあげた。異国で拷を問にあった感じだ。急に家族の声を聞き、緊張が解放されたのだ。まだ自分は生きている。

命を救ってくれた医師にはお礼があたりまえ。ものはだめで軽い薄いものだ。わかりますね。

聞けばこの病院は最高の病院で、大統領もいたらしい。4日間滞在で100万円が請求された。幸いスイスの医療保険でまかなえた。5か目が飛行機で日本に帰国だ、体の中からつないだタンクを小脇にかかえて乗車。医師は「飛行機のなかでは120%大丈夫」と太鼓判を押す。日本なら「まずは問題が起きないとは思いますが」と自信なさそうに」言うだろう。この安心感の差は大きい。

成田空港まで。妻と娘を乗せた救急車が来てくれた。安堵感からハラハラと涙が流れ落ちた。

まっすぐ大病院へ直行。体の外部に出たチューブの細さに大病院の医師はロシア医療技術のレベルの高さに驚く。ロシア2.5mm 日本4mm)結局、日本では2週間もいるはめに。この間にロシアでは大きな注文を逃した。やむなしだが悔しい。これが1回目。2回目は別途書きます。

 

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