DSC_1207
小旅行を兼ねた4回目の福島訪問
10/14/2014
DSC_1222
手作り木製観覧車 動力源は手回しオルゴールに着目
10/21/2014

原子力発電所安全対策説明会に出席して

DSC_1224

DSC_1224

わが町は、東海村の原発のエリアに非常に近い。東日本大震災以来3年半停止したままである。二重三重のハード安全対策の説明があったが、最終的には国の原子力規制委員会が稼働させるかを決めるという。責任者から、あれもやります、これもやりますとの対策を聞いたが、自分は実体験からの意見を述べた。それは機械装置というものは肝心な時には、動かないものであるということ。最悪のピンチに遭遇したとき、現場責任者の、瞬間的な判断と指示が何より大切である。工場時代に、数回、極限の状態に出くわした。①水や電気の供給停止、②火事まがい③汚染水の太平洋流出④老朽配管の破裂などなど。

最後の老朽配管が腐って、高圧配線地下に水が滝のように流れ込み、6600Vに触れてしまう寸前であった事件である。どんどん水位が上昇し、どのように汲み出すか、消防ポンプなど策を練ったが、最後に助けてくれたのは、老夫婦でやっていた水漏れ工事屋さんだ。彼は、木栓(材質は松ノ木)を持ってきて、先端にボロ切れを巻きつけ、ゴンゴンと楔をうちこんだだけであった。ぼろきれはパッキンの役目を果たし、松の木は水気を吸って膨張し、圧力に耐えるものであった。もし高圧線に水が触れたら、工場は全部吹き飛び町も大停電になっていた。一老人の技能者が見事に救ってくれたのだ。言いたいことは、いくらハード対策、ソフト対策をやっても完全ではなく、最後は最前線の軍曹のような使命感を持っている人が居るのかということだ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。